最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)1133号 判決 1981年4月24日
上告人
渡邉とよ
外二名
右三名訴訟代理人
八島淳一郎
被上告人
渡邉マスミ
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人八島淳一郎の上告理由一について
原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでその不当をいうものであつて、採用することができない。
同二について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同三について
夫婦が共同して養子縁組をするものとして届出がされたところ、その一方に縁組をする意思がなかつた場合には、原則として、縁組の意思のある他方の配偶者についても縁組は無効であるが、その他方と縁組の相手方との間に単独でも親子関係を成立させることが民法七九五条本文の趣旨にもとるものではないと認められる特段の事情がある場合には、縁組の意思を欠く当事者の縁組のみを無効とし、縁組の意思を有する他方の配偶者と相手方との間の縁組は有効に成立したものと認めることを妨げないものと解すべきことは当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四七年(オ)第二〇九号同四八年四月一二日第一小法廷判決・民集二七巻三号五〇〇頁参照)。そして、原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、亡弥一と上告人とよ、同淳、同洋子との間の縁組を有効とすべき特段の事情がないとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、右違法を前提とする所論違憲の主張は、前提を欠く。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 宮﨑梧一)
上告代理人八島淳一郎の上告理由
一、二<省略>
三、亡弥一と上告人とよ、同淳、同洋子との間の養子縁組の無効確認を求める請求について、
1 前述のとおり、原判決は、夫婦各自について別個の養子縁組が成立するとしながら、夫婦の一方の養子縁組の無効が他方の養子縁組の無効を招来する、それが原則であるとするが、それは大いに疑問のあるところである。
民法七九五条の規定は旧法八四一条一項の規定を踏襲したものであり、その立法趣旨は一家の和熟をはかる旧来の慣習と家族主義に根ざしている。
要するに家庭の秩序を保ち、配偶者間の平和を維持することがその立法趣旨と解されている。
夫婦共同縁組の原則と呼ばれているが諸外国に例をみない異例の立法である(山畠正男「養親子関係の成立及び効力」総合判例民法(15)一八頁以下)。
民法七九五条は旧来の家族主義の維持を図るもので、個人の尊重を規定した憲法一三条に違反する疑いがある。
もし民法七九五条が憲法一三条に違反しないものとするなら、違反にならない解釈をすべきである。
原判決のように夫婦各自について別個の養子縁組がそれぞれ成立すると解するなら、夫婦の一方の養子縁組の無効が他方の養子縁組の無効を招来しないとした方が論理的にも正しく、また憲法一三条に違反しないものである。
そう考えるなら、
2 民法七九五条の要件は民法上特に無効原因とも取消原因とも法定されていない以上、禁止的なものではなく阻止的なもので、つまり効力要件ではなく受理要件にすぎないと解すべきである。
3 仮りにそうでないなら、少なくとも、夫婦の一方の養子縁組の無効は他方の養子縁組を特別の事情のないかぎり無効を招来しないと解釈すべきである。
すなわち、原判決で「原則として無効、例外として有効」を逆転して、「原則として有効、例外として無効」とすべきであり、その方が論理的な矛盾もなく、憲法一三条違反の疑いも薄らぐものと思われる。
原判決のように「原則として無効、例外として有効」として例外の場合をきわめて制限的にするなら、夫婦共同縁組に反する届出はほとんどの場合無効となり、夫婦の縁組意思を一体としてとらえ、縁組は全体として一個と考える全部無効説と同一のものとなつてしまう。
このような民法七九五条の解釈、運用の仕方は憲法一三条に違反するものと断ぜざるを得ない。
4 またもし、原判決の考えのように、特段の事情が存する場合にのみ、例外的に有効であるという考えに立つても、原判決が本件について特別の事情がないとしたのは、理由不備である。
原判決は、「特段の事情」が存しない理由として、次の二点をあげる。
① 亡弥一は、被上告人と永年同居しながら、死期に近づくに及んで突如別居して、単身上告人ら方の家庭に入り、被上告人方の家庭と上告人ら方の家庭との間に紛争をまき起したこと。
② 上告人らと亡弥一との間の養子縁組を有効とするならば、亡弥一の相続人である子が増加し、これにより被控訴人と亡弥一との間の子らの相続分が激少せしめられるに至ることは明らかであるから、ひいてはこれが被上告人の意思に反し、かつ被上告人と上告人らの家庭の円満を害する可能性を多分に含んでいたこと。
しかしながら、右は理由になり得ない。
①について、
①については本件養子縁組とは関係ない。
①は本件養子縁組の以前にあつたことで、本件養子縁組がなされた結果①のような事情が生じたわけではなく、本件養子縁組がなされようとなされまいと①の事実の存在したことに変りはない。
②について、
イ 原判決は「亡弥一の相続人である子が増加し、これによつて、被控訴人と亡弥一との間の子らの相続分が減少せしめられるに至ることは明らかである」としているが、被上告人の子らの相続分が減少するという証拠はどこにあるというのだろうか、前述のとおり、この点審理不尽である。
またこのように被上告人自身の相続分でなく被上告人の子(いずれも成人で経済的に独立の生計を営んでいる)の相続分の減少を理由にするのは旧来の大家族主義に立脚するものと非難さるべきである。
被上告人の子が本件の原告になつていないのは、それなりの理由(上告人の夫または父である正造と腹違いの兄弟であるので、係争に参加しなかつた)があるからで、原判決が勝手に本件「特段の事情がない」理由にそれをしてはならない。
ロ 原判決は更に「ひいてはこれが被控訴人の意思に反し」「かつ被控訴人の家庭と控訴人らの家庭の円満を害する可能性を多分に含んでいる」としているが、本件のような場合、他方配偶者の意思に反しないことをもつて有効要件とすべきでない。
とくに前述のような合理的な理由もない反対をもつて「特段の事情がない」とすべきではない。
また被控訴人の家庭と控訴人の家庭は、亡弥一および被上告人が前記正造の生母ナツヨを離婚に追いやつたときすでにそれぞれの家庭の円満を害しており、本件養子縁組によつて両家庭の円満が害された事情は全くない。
また「家庭の円満」ということを取りあげるのなら、亡弥一と被上告人が正造の生母を離婚に追いやつて正造らの「家庭を破壊し」、ひいては上告人らの「家庭の円満」を修復不可能にした責任の大半は被上告人にあり、それを見過して、家庭の円満を理由に被上告人に「特段の事情」がないというのは片手落としかいいようがない。
以上によつて、原判決には判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背があるので破棄を免れない。